被害者にも加害者にもなりうるわたし達:第62回オヤジ談義

こんにちはヒロです。
また久しぶりの記事になってしまいました。
気づけば7月もすでに1週間が過ぎ
今年も後半戦ですね。
後半のスタートは朝顔市へ行ってきました。
色とりどりの朝顔が
まるで語りかけてくるようでした。
……いや、市場だったので
本当にお店の方が語りかけていた
のかもしれません(笑)。

さて、今週末7月10日は恒例の
「オヤジ談義」です。
今回は、ネットで話題になっている
佐藤二朗さんと橋本愛さんをめぐる出来事を題材に
「被害者と加害者」というテーマを
考えてみたいと思います。
このような出来事が起こると
多くの場合、「どちらが悪いのか」
という議論になります。
もちろん、それは自然なことです。
人は誰でも、自分の正しさを
主張したい生き物だからです。
もし僕が当事者なら
自分の正当性を主張するでしょう。
たとえ第三者であっても
自分の価値観に近い立場を擁護
したくなるものです。
ただ、僕が今回興味を持ったのは
そこではないんです。
この出来事を見ていて感じたのは
「被害者になりやすい人」には一定の特徴があり
「加害者になりやすい人」にもまた
特徴があるということです。
もちろん
「だから被害あう側に責任がある」
と言いたいわけではないんです。
そうではなく、そこには共通する
心理的な背景があるということ。
さらに興味深いのは
現代では被害者と加害者が簡単に
反転してしまうことです。
ある場面では被害者だった人が
別の場面では加害者として見られる。
逆もまたあります。
だからこそ、「誰が悪いか」だけでは
この問題の本質にはたどり着けないと
思うんです。
今回のオヤジ談義では
責任はどこにあったのか?
そして、なぜその責任を果たせなかったのか?
という心理構造を整理しながら
考えてみたいと思います。
そしてもう一つ。
今の社会は「ホワイト化」が急速に
進んでいます。
誰もが品行方正であることを求められ
少しの失敗でも厳しく評価される時代です。
窮屈さを感じている方も多いのでは
ないでしょうか。
しかし、おそらくこの流れは止まりません。
先月のオヤジ談義で取り上げたAIも
人間以上にホワイトな価値観で
応答する場面が増えています。
これからわたし達は
そんな社会の中でどのような価値観を
持って生きていけばいいのでしょうか。
そして
その価値観を受け入れられない人は
なぜ受け入れられないのでしょうか。
今回は
そんな現代ならではの心理について
一緒に考えてみたいと思います。
お時間の合う方は
ぜひリアルタイムでご参加ください。
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『第62回大人になれない
オヤジのシンリ探求談義』
「被害者・加害者・責任」の無意識構造
〜ホワイト社会を生き抜くために必要な視点〜
7月10日(金)21:00〜
https://youtube.com/live/8XerhwxaY3M
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あなたは被害者になりやすい
タイプだと思いますか?
それとも加害者になりやすい
タイプだと思いますか?
実は、この質問自体に落とし穴があります。
その理由をライブでお話しします。

