墨は汚れでいい。

 

 

 

こんにちはヒロです。

 

 

先日、オヤジ談義で対談相手の
保坂さんと話していたときのこと
こんな話をしました。

 

 

「手に墨がついたら
 手が汚れたって思うよね。
 でも、手は汚れてない。
 手は手だよね。」

 

 

すると保坂さんが、

「そうですね。
 墨は汚れじゃないですからね」

と言いました。

 

 

でも、僕が言いたかったのは、
ちょっと違いました。

 

 

もう少し解説すると
保坂さんは汚れが悪いという前提で
話をしていました。

 

 

だから墨は汚れではない
と解釈することで、気持ちを楽に
しようとしたんだと思います。

 

 

でも墨は、汚れでいいんです。

 

 

汚れを無理に「汚れじゃない」と
言い換える必要はない。

 

 

大切なのは、
墨と手は同じではない
ということです。

 

 

わたし達は、これを無意識に
自分自身にもやってしまいます。

 

 

失敗すると、「自分はダメだ」
傷つくと、「自分には価値がない」
誰かを傷つけると、「自分は嫌な人間だ」
と。

 

 

自分自身と「ダメ」「価値がない」
「嫌な人間」を自己同一化してしまいます。

 

 

ダメはダメでもいい、
価値がなくてもいい、
嫌な人間でもいい。

 

 

その上で、わたし達は
そのどれとも同じではないんです。

 

 

これを脱同一化と言います。

 

 

実は他人から見ると
自分で評価しているほど
自分はダメと思われていないことも
よくあるんです。

 

 

だから他人とも自分とも
対話することが大切なんですね。

 

 

「自分はダメだ」と思ってしまう。

 

 

そんな自分を無理に好きになるのではなく、
「自分」と「自分への評価」を
少し突き放して見てみる。

 

 

その先に、
今までとは違う自分の見え方が
あるかもしれません。

 

 

今回のワークショップでは、
そんな「脱同一化」を入口に、
自分と相手の世界を理解する対話を
一緒に体験していきます。

 

 

『対話は孤独から始まる。』
〜本当の理解者と出会うワークショップ〜

日時  :9月5日(土)20:00〜
場歩  :Zoomオンライン、録画参加
募集人数:4名様限定 → 残席3名様

詳しくはこちらをご覧ください。

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P.S.

本日公開のオヤジ談義の切り抜きです。

 

 

人は異常に分類されることを嫌います。

 

 

でもその考えそのものがわたし達を
孤立化して苦しめるのかも知れません。

 

 

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『異常でいて異常でない私が
 私を自由にする』
(7分6秒)
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https://youtu.be/jCv3YDEsrPk
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