「愛している」と「必要」の違いって?:主体の方向性

こんにちはヒロです。
前回、新しい企画についてお話しました。
人が残した言葉から、
「なぜこの人は、
この言葉を選んだんだろう?」
と、その背景にあるものを
みんなで考えてみる研究会です。
そこで紹介した、
「夫を愛している」ではなく「夫が必要」
そして、夫という存在を
「重し」と表現した人。
今日は、もう少しこの言葉について
深堀りしてみたいと思います。
「愛している」と「必要としている」。
人は愛されたいし、
必要ともされたい生き物。
でも、意味しているものは
全く違って見えます。
「愛」は、相手そのものに向かうもの。
一方で「必要」は、
「自分にとって、その人は意味がある」
という自分の思いに寄せたもの。
もちろん、これは僕の勝手な解釈です。
でも、仮に僕の解釈どおりだとしたら
気になることがあります。
この人にとって
夫は何のために必要だったんだろう?
しかも「支え」ではなく、
「重し」なんです。
僕だったら、好きな人から
「あなたは私にとって重しなの」
なんて言われたら、
「重りって?(笑)」
と、けっこう傷つく気がします。
でも、見方を変えると「重し」が
必ずしも悪いものではありませんよね。
重しがあるから浮かないとか、
流されない。
自分の位置を保てる、なんてのもあります。
そう考えると、
「この人がいるから、自分を保っていられる」
という意味にも聞こえてきます。
すると、
「この人は夫を愛していた」
とは違うものが見えてきます。
もしかすると、
「自分が自分でいるために、
必要な人だった」
のかもしれない。
まあ、本人に聞いてみないと
本当のところは分かりませんが……。
僕はこういうところが
人間って奥深いなぁと感じています。
そして、この人にはもう一つ
気になる言葉があります。
「自分のことを自分で始末していくのは、
大人としての責任」
自分のことは自分で引き受ける。
人に迷惑をかけない。
自分の人生は自分で始末する。
かなり自立した考え方です。
ところが一方で、
「重し」を必要としている。
この二つ、矛盾している
ように見えませんか?
僕はここに、
人間の面白さがあると思うんです。
自立と依存という対極のもの。
これらが一人の人間の中にあると
何が起きるのか?
矛盾に押しつぶされてしまうのか。
それとも……。
興味はつきません。
こうやって一人の言葉を眺めていると、
「この人はどんな人生を歩んできたのか?」
という問いが
「そもそも人間とはどういう存在なのか?」
に変わっていきます。
そして一周回って、
「自分はどうなのか?」
へ戻ってくる。
他人を通して自分を知る。
これが
今回僕がやってみたい研究会です。
ちなみに、この人が誰なのかは
まだ言いません(笑)。
もう少し、この人の言葉を
眺めてみたいと思います。
次回は、
「この人は、何を手放して、
最後まで何を手放さなかったのか?」
についてお話する予定です。
ではまた。
P.S.
本日公開のオヤジ談義の切り抜きです。
社会問題は扱い方によって
さらなる問題を作り出すこともあります。
その背景にある心理的要因を
考えています。
社会的弱者の搾取等に興味ある方は
ぜひ見てほしいです!
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『みいちゃんと山田さん
アニメ化の問題点』
(11分55秒)
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https://youtu.be/gJN8vp6V9kE
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