理想には触れられないけれど、それでも諦めずに追いかける

こんにちはヒロです。
今週末から「悟りへの道」という
新しい講座がスタートします。
今更ですが、
この人には合う!という方に最近になって
お誘いのお声がけをしていました。
すると
「もっと早く声掛けてください」
「待っていたんですよ!」
と言われました。
ありがたいと思うのと同時に
もっと積極的に行動したほうがいいと
思いました(汗)

プラトンが語ったイデア界を知っていますか?
完全で、欠けることのない理想の世界。
人間はそれを「知っている」。
でも、そこに触れることはできない。
この前提を受け入れたとき、
人間はとても切ない存在になる。
どれだけ求めても届かない。
どれだけ手を伸ばしても、
その指先が掴むのは空のみ。
それでも、人は理想を
思い描かずにはいられない。
正直に言えば、
理想を諦めてしまう方が、
生きるのは楽だったりします。
理想を持たなければ、
現実と比べて傷つくこともない。
「これでいい」と言い聞かせ、
目の前の快楽や我欲を満たす方が、
効率もいいし、評価も得やすい。
現代は、そういう生き方が
とても合理的に見えます。
だから多くの人が、
理想を語らなくなった。
でも、だからといって
それを「悪いこと」だとは思わない。
逃げたくなるのも、
一度諦めたくなるのも、
人間として自然な反応だからです。
我欲に走る自分も、
楽な方を選びたくなる自分も、
それ自体は人間らしさの一部だから。
それでも思うんです。
理想に触れることはない。
それは、もう分かっている。
完全なかたちで手に入ることは絶対にない。
報われることもない。
誰にも評価されないかもしれない。
それでもなお、
理想を追いかけることを諦めない生き方
を選びたい。
理想を「結果」ではなく、
「向かい続ける方向」として持ち続ける。
届かないと知った上で、
それでも歩き続ける。
その姿勢そのものが、
人間を人間たらしめているのだと思います。
理想を諦めて、
すべてを割り切ってしまう生き方もある。
でも、どこかで理想を知ってしまった以上、
完全に忘れることはできない。
触れられないと知りながら、
それでも恋い焦がれる。
その矛盾と切なさを抱えたまま生きること。
それが、人間として生きる、
ということなんじゃないだろうか。
理想には触れない。
でも、理想を追いかけることはやめない。
そんな生き方を、僕は選びたいと思っています。
オヤジ談義でも軽く触れていますので
まだご覧になっていない方は
良かったらご覧ください。
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『理想がわかる葛藤があるから人間的』
(8分16秒)
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https://youtu.be/0_w3GHU07x8
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