表面上の優しさに、わたし達はなぜ惹かれるのか?

こんにちはヒロです。
早いものでもう今日から4月ですね。
今日はエイプリルフール。
たくさん嘘をついてもいい日です。
でもこの記事では
嘘は書きませんので安心してください(笑)
先日、友人に誘われて
舎人公園へ桜を見に行ってきました。
「とねり」と読むんですね。
僕は読めませんでした。
彼と会うのは6、7年ぶり。
心理技術を一緒に学んだ仲間です。
当時の彼は、いわゆる
「コミュニケーションが上手い人」でした。
明るくて、人を褒めるのがうまくて
場を盛り上げる。
でも正直言うと
どこか表面的に感じていました。
相手を承認しているようで
実は自分が好かれたい。
与えているようで、実は回収している。
そんな印象があったんです。
ところが今回会ってみると
少し変わっていました。
コロナの後遺症でかなり苦しんだそうです。
かつての自分ではなくなってしまい
価値観が揺らいだと言っていました。
相変わらず「俺ミーハーだからさ」
と笑っていましたが、
その自虐には、どこか受容がありました。
以前は無意識に否定していた自分を
ちゃんと引き受けている感じがしました。
なので以前よりもずっと話しやすかった。

さて、ここから少し重たい話になります。
最近あらためて話題に上がっている
エプスタインの問題。
彼は金融界で成功し、
多くの著名人とつながりを持ち、
一見すると「人脈の達人」でした。
しかしその裏で
未成年への性犯罪や人身売買に関与していた
とされています。
なぜあれほど多くの人が、彼と関わったのか。
そこにはある種のパターンが見て取れました。
彼は「欲を読む力」がとても高かったと
言われています。
相手が人前では言えない欲望。
満たされない承認欲求。
隠している野心。
そこに、スッと入り込む達人。
有名人と写真を撮り、
あたかも深い関係があるかのように見せる。
でも重要なのはそこではありません。
重要なのは……。
「コミュニケーションがうまい」ということと、
「本質的に誠実である」ことは
まったく別だということです。
欲を満たすコミュニケーションは
非常に強力です。
相手の潜在欲求を刺激する。
「この人はわかってくれる」と思わせる。
でもそれは心の深いところで
繋がっているわけではない。
私欲を満たすことは悪いことではありません。
誰にだって欲はあります。
けれど、私欲は限界を知りません。
満たしても満たしてももっと欲しくなり
最後は私欲に飲み込まれてしまう。
与えているようで奪っている。
社会のためと言いながら
私利私欲、承認に回収していく。
その構造は、とても巧妙です。
そして残念ながら、
僕たちはそういう「うまい人」に
惹かれやすい。
なぜなら、隠してきた自分の欲を
肯定してくれるから。

桜を見ながら思ったんです。
本質的なコミュニケーションって
すぐに仲良くなることではない。
欲を刺激し合うことでもない。
もっと根っこの部分で、
弱さも、矛盾も、みっともなさも含めて
「それでいいよ」と言える関係なんじゃないか。
友人が変わったのは
コミュニケーション力が上がったからではなく
自分の弱さを受け入れたからだと思います。
表面的に口が上手い人よりも
少し不器用でも、欲に振り回されない人のほうが
僕は信頼できます。
エイプリルフールだけど、今日は本当の話(笑)
ちょっとした「うまさ」に惑わされないこと。
それが、これからの時代
いちばん大事なのかもしれません。
オヤジ談義でもエプスタインの話から
この話題を出しています。
よろしければご覧ください。
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『浅いコミュニケーションが
上手い人には気をつけよう』
(9分24秒)
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https://youtu.be/N-WCukNB2Jo
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