授業参観で好きな服を着ることは自分らしさなのか? 

 

 

 

こんにちはヒロです。

 

 

先週末は『LAコールドケース』という
映画を観てきました。

 

 

子供からのたっての要望で行きましたが、
笑えるシーンがまったくない
めちゃくちゃシリアスな映画でした。

 

 

1990年代における
ロサンゼルス警察の不正を追う警官と
落ち目のジャーナリストの話です。

 

 

まさのその年代、ロスに住んでいて
警察問題の発端になった暴動も経験しているので、
当時が思い出されてとても引き込まれました。

 

 

印象に残ったのは悪徳警官の言葉です。

 

 

「本能が求めるのは女と力だけだ!」

 

 

まさに人間の本質を言い当てた言葉です。

 

 

フロイトがすべての精神病の原因だと
主張したリビドー(性欲)、

ニーチェが人間のエゴイズムの源泉と語った
「力への意志」の両方が語られています。

 

 

一方で、
主役の刑事は周囲から疎まれながらも、
ひたすら正義を追求していきます。

 

 

ある意味、本能に逆らう生き方です。

 

 

本能に飲み込まれた自分として生きるのか、

 

 

自らの意志で
人間が過去に積み上げてきた正義を貫く
自分として生きるのか。

 

 

別のいい方をすると動物として生きるのか、
文化的な人間として生きるのかの選択。

 

 

わたし達はともすると無意識に
動物的な生き方を選んでしまいますね。

 

 

「あなたはどう生きるのか?」
と問いかけられた映画でした。

 

 

オヤジ談義のPart 6は
もうご覧いただけましたか?

 

 

まだの方はこちらからご覧ください。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『なぜ多様性を主張する人は
 自己肯定感が低いのか?』
(17分19秒)

 ⇣ ⇣ ⇣

https://youtu.be/houTkUXpPjM
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

さて、もし
授業参観に好きな服を着ていかれない
としたら、あなたにとってそれは
悩みになるでしょうか?

 

 

りゅうちぇるさんのところには
そんな悩みが寄せられるのだそうです。

 

 

個人的には悩むポイントがズレているな
と感じました。

 

 

本当の問題は授業参観でも、
好きな服でもなんでも無いというのが
僕の考えです。

 

 

こういう悩みを直接扱ってしまうと、
もっと厄介な悩みを増やしてしまいます。

 

 

どうやって好きな服を着ていこうかとか、
周りの人を懐柔することを考えても
返って問題を大きくしたり、
複雑にさせるだけです。

 

 

授業参観に好きな服を着ていかれない
というのは表面上の悩みであって
本質的な問題ではないからです。

 

 

そして、
りゅうちぇるさんや香川照之さんは
表面的な問題を解決し続けてきたように
僕には見えます。

 

 

その結果、
限界を迎えたのではないでしょうか。

 

 

香川さんは他国での活躍に活路を見出そう
としているという記事を見ましたが、
これなどは表面的な解決策の最たるものです。

 

 

これまで以上に大きな
自己破壊欲求を現実化させることに
なるかもしれません……。

 

 

表面的な解決策というのは
本当の自分と向き合わずに済むので
考えるのが楽なんですね。

 

 

僕も無意識によくやってしまい
反省しています。

 

 

オヤジ談義のPart 7では
本質的な問題は何かという話をしています。

 

 

なんだかうまく行かないという時、
取り組むべきことはただ一点のみ
だったりします。

 

 

よろしければ動画をご覧ください。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『授業参観で好きな服を着ることは
 自分らしさなのか? 』オヤジ談義 Part 7
(13分47秒)

 ⇣ ⇣ ⇣

https://youtu.be/WfixUYpmK90
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

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