社会のルールと価値観と悩みの関係

 

 

こんにちはヒロです。

 

 

先週、これまで提供してきた
セッション終了のお知らせをしました。

 

 

近いうちに新しいセッション、
未だに名称未設定セッションですが、
こちらの募集をいたします。

 

 

新しいセッションは一見すると
違いがわからないかもしれませんが、
焦点を当てるポイントが変わりました。

 

 

核になる一点のみに集中する。

 

 

シンプルでありながら
奥が深いものになっています。

 

 

頭で理解するのは比較的簡単。

 

 

でもシンプルだからこそ実践するのが
意外と難しい。

 

 

「分かっている」ことと
「出来ている」のはまったく違うからです。

 

 

新しいセッションでは
分かってもらう以上に「出来るようにする」
ことに注力しています。

 

 

簡単だけれども意識がそれてしまって
うまくやれないことにひたすら向き合う。

 

 

すると人は自然に変わってくるんですよね。

 

 

一人ではうまくやれないところを
僕が無理なくサポートします。

 

 

ということで
これまで頑張ってきたけれど、
生きづらさを感じてらっしゃる方には
非常に効果が高いセッションとなっています。

 

 

ご興味ある方は
近いうちに募集しますので楽しみに
していてくださいね。

 

 

 

さて今日は
「社会のルールと価値観」についてです。

 

 

社会の話をすると、

今は自分のことで手一杯で
社会の事なんて考えられない、

という方がけっこうな確率で
いらっしゃいます。

 

 

こういう気持ちはわからなくもないです。

 

 

人間、
自分のことで手一杯という方が多いし、
僕自身もそういうことも多々あります。

 

 

しかし少し俯瞰した視点で考えると、
実は自分のことで手一杯になっていること自体が
そもそも悩みを作り出していたりします。

 

 

少し自分から距離を取って
周辺のことを考えてみる。

 

 

それほど大きな範囲でなくても構いません。

 

 

例えば家族のこととか職場とか学校の友達とか。

 

 

一度そういう視点で物事を考えてみる。

 

 

それからもう一度、
自分の問題に向き合ってみると
全く違って見えてくることがあります。

 

 

なぜならわたし達の悩み事は、

個人のものではなくて
大抵は他の人との関係から
作られているからです。

 

 

社会との繋がりから出来ているのが、
私たちの悩みなのです。

 

 

人間関係はもちろんのこと、
お金の問題だってそうです。

 

 

お金を運んでくれるのは、
他人であり社会の構造です。

 

 

そうやって考えてみると
社会のルールの意味合いが違って見えてくる
のではないでしょうか。

 

 

社会のルールは私たちを縛るためにあるのか?

 

 

それとも私たちがお互いに
気持ちよく生きていくために
そのルールはあるのか?

 

 

そして今あるルールは、
本当に私たちが気持ち良く生きていくのに
役立っているでしょうか?

 

 

そんなことを考えてみると
自分の事もよく見えてきて
悩みも解決しているかもしれませんよ。

 

 

そんな視点で、
ルール違反をする子供たちや客に対して、
社会はどう対応するべきなのか
オヤジ談義で話をしています。

 

 

よろしければご覧ください。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『子供や客はルールに反しても
 許されるべきなのか?』
(10分56秒)

 ⇣ ⇣ ⇣

https://youtu.be/qts6U9VrnBM
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